季刊誌「シェフ」-一流のシェフたち-

本誌愛読者インタビュー


創刊の頃より今日まで本誌を定期購読いただいている 読者の方に、『シェフ』をどのようにご活用いただいてきたか、ご自身はどんな25年間を過ごされてきたのか、 お話をうかがいました。誌面の都合上、残念ながら一部の方に限らせていただきますが、この場をお借りして、全読者の皆様へ長年のご愛顧を 心より感謝申し上げます。


シェフ100号<創刊25周年記念号>掲載

 
100号読者インタビュー扉絵
シェフ顔写真

東京から香川へ移転し、
ガストロノミーに。
社会貢献活動にも
力を入れる。

トモシロイノウエ オーナーシェフ

井上知城氏(48歳)

 25年前はちょうどフランスに渡った頃で、現地でも『シェフ』をはじめ、日本の料理書をたくさん購入していたという井上知城氏。1993年に東京・代官山で「オ・コション・ローズ」を開業、2005年「レ・プレ・ディル・マルジュ」にリニューアルし、’07年に香川へ移転した。東京で独立した当初はカジュアルなビストロ料理を提供していたが、徐々に料理が洗練されてきた。
「自然に囲まれた環境でガストロノミーをやりたい、という思いはずっとありました。25年間、その目標に向かって進み、今やっと理想に近いことができています。これまでは美食を追求することに注力してきましたが、香川に来てからは地域への社会貢献へ興味が向き、地産地消や環境問題などにも取り組むようになりました」
料理書は国内外やジャンルを問わず収集。「読むよりも収集自体が趣味になってしまった」とのことだが、本誌は古いバックナンバーほど見返すことが多く、料理の写真を見てメニューを考える際のヒントにしている。





シェフ顔写真

35歳でバイヤーから
料理人に転身。
休日は食材を求め
産地へ足を運ぶ。

レストラン オオツ オーナーシェフ

大津高志氏(64歳)

 食料品会社のバイヤーだったが、知人の飲食店でフレンチの料理人に出会ったのをきっかけに、元々興味があったフランス料理の店をやろうと決意、それが35歳の時だったという大津高志氏。会社を辞め、茨城県日立市でブラッスリーを開業。8年後の1991年、実家のある水戸市へ移転し、レストランとしてリニューアルした。
「専門書を読んだり食べ歩きをするなどして勉強してきました。特に情報量の多い『シェフ』を創刊より購読しています。その頃とは違い、今はオーソドックスなフレンチのスタイルにこだわらない料理が増えてきていると感じています。私もここ数年はより柔軟に考えるようになり、日本料理の表現法も取り入れるようになりました」
 同店では地元産をはじめ、全国の質の良い食材を使用。生産者と信頼を築いたり、現場を見ることで新しい発想が湧くとのことで、60歳を過ぎた今も、休日は産地へ足を運んでいる。





シェフ顔写真

目指すは
オールマイティーな料理人。
料理書を収集し、
語学、知識、技を磨く。

(株)魚国総本社 洋食料理長

熊谷清氏(60歳)

「20代の頃は新しいことを求めすぎていました。しかし、30歳になり先輩に“料理以外にも目を向けて、自分の個性を出せるような料理人になれ”と言われ、考えが大きく変わりました。それ以来、とにかくいろんな料理書を買い、フランス語の語学学校にも通って勉強してきましたね。『シェフ』が創刊され、そこには第一線で活躍する料理人の素晴らしい料理が紹介されおり、とても衝撃的だったのを覚えています」
と話す熊谷清氏。フレンチやイタリアン、洋食のレストラン、ホテルでの経験を経て調理師学校で教鞭を執り、2001年から埼玉県東松山市にあるゴルフ場内のレストランの洋食料理長に就いた。
 オールマイティーな料理人になれるよう、ベーシックから流行のものまで、これまで幅広く知識やテクニックを学んできた。今も4畳半程の書斎には1000冊の蔵書があり、時折本誌のバックナンバーを見返すことも。現在の職場ではひと工夫あるプレゼンテーションが求められるため、「季節のスペシャリテ」などを見て最新の盛りつけを参考にしているそうだ。





シェフ顔写真

開業から25年目に
いったん閉店。
技術や知識の幅を広げ、
店を再開する。

レストラン アプランティ オーナーシェフ

新島俊夫氏(52歳)

 地元の埼玉県熊谷市で1985年に独立した新島俊夫氏。レストランやフランスでの研修は経験したものの、当時はまだ24歳の若さだったので、開業後もエスコフィエや雑誌などで勉強した。
「あの頃はまだバブル崩壊前で、『シェフ』に載っていた料理も豪華なものが多く、メニューの表現の参考にしていました。その後、業界の世代交代があり、イタリアン、モダンスパニッシュ、和などが次々流行りましたが、自分も本で目にした流行のものはどんどん取り入れてきました」
 開業して25年目の2009年、「違う環境で改めて勉強したい」といったん休業し、都内のホテルの料理長を4年間務めた。大量調理や盛りつけの美しさが求められるウエディングを経験したことで調理の幅が広がり、また、広告宣伝の重要性も実感。その間も本誌をはじめとする専門誌を購読し、発想を広げてきた。昨年末から店を再開。以前は余裕がなく接客が苦手だったが、さまざまな経験をして肩の力が抜けた今は、積極的に行うようになったそうだ。





シェフ顔写真

ホテル勤務時代は
ビジュアルのヒントに、
独立後はメニューの
発想の源にする。

ティオ・ダンジョウ オーナーシェフ

檀上桂太氏(52歳)

 スペインレストランやバルの先駆けとして知られる「ティオ・ダンジョウ」を1995年に恵比寿で開業した檀上桂太氏。元々はホテルセンチュリー ハイアットで11年間フレンチの修業を積んでいた。本誌を最初に手にしたのはホテルに勤務して7年が経った頃。
「当時は中堅のポジションになっていて、いろいろなコンクールに挑戦していました。ビジュアルのヒントになるような料理書がほとんどなく、盛りつけのテクニックが具体的に紹介されていた連載の『アシェット・キャンバス・レイアウト』を見ながら勉強しました。料理がたくさん載っている割に、他の本に比べて安かったのも魅力でしたね」
 その後、スペインで修業してバルやタパス料理に魅せられた。現在は現地の味を再現した料理が中心で、本誌を見て最先端のテクニックを取り入れることはないが、食材の知識を得たりメニューを考える際の発想の源にしているという。「フランス料理の25年間の流れを振り返ることができるので、今も1号からすべて手放さずに持っています」とのことだ。





シェフ顔写真

30年以上前から
生産者と交流、
料理書からの情報収集も
怠らない。

エプバンタイユ オオツ オーナーシェフ

山田精三氏(65歳)

 今でこそ料理人が産地へ足を運ぶことは珍しくなくなったが、山田精三氏は1980年に開業した当時から各地を訪ねて食材探しをし、人脈や知識を深めてきた。また、銃の免許を取得し自身で猟も行っている。
 本誌が創刊した25年前は大阪・南船場の本店の他に3店舗を展開。
「当時はすでに自分の料理スタイルができあがっていましたが、新しい情報は常にキャッチするようにしていました。忙しいことを理由に勉強を怠ると孤立してしまいますから。なかでも『シェフ』はその時代に輝いている料理人が取り上げられていたので購読するようになりました」
 2002年に近くへ移転し、現在は2店舗にしぼって経営。今も多忙な毎日を送っているが、仕事の合間を縫っては料理書を読み、積極的に情報収集をしている。





季節の号ごとに
見返しメニューを考案。
プレゼンテーションにひと工夫する。

レストラン ゼフィール オーナーシェフ

雨宮功一氏(62歳)

 山梨県甲斐市のレストラン。オーナーシェフの雨宮功一氏は地元のフランス料理店に勤めた後、2005年に54歳で開業した。「1人で無理なく料理が作れるように」と、フレンチにアレンジを加えた欧風料理を提供している。
 秋が近づけば本誌のバックナンバーの秋号をピックアップして見返し、季節のメニューを考えているという。
「『シェフ』を読んでいると25年の間にフランス料理がすごく変わってきたなと思います。特に盛りつけは昔と大きく変化していますよね。土地柄、斬新なものはなかなか受け入れられませんが、私もいろいろなアイデアを取り入れ、プレゼンテーションを工夫するようにしています」
 レシピもよく見ており、魚や肉の火入れなど、調理法の参考にしているそうだ。





特に好きなページは
「リーズナブル・メニュー」。
食材の情報源としても活用。

ヴァン・ド・ハットリ オーナーシェフ

服部健氏(52歳)

 地元の洋食店やフレンチ、パティスリーなどで修業を積んだ服部健氏は、1995年に埼玉県幸手市で独立開業。当初はベーシックなビストロ料理をア・ラ・カルトで提供していたが、道路交通法の改正などの影響やお客からの要望もあって、ワインを飲みながら料理をつまむよりも、しっかり食事がしたいというお客が増え、現在はプリフィクスにしている。
 25年前はまだ洋食の経験しかなく、将来フレンチをやりたいと思っていた服部氏は本誌をはじめ、料理書を読んで勉強した。
「30号から始まった『リーズナブル・メニュー』のページは必ず読んでいて、今も参考にしています。少し前にはバタールやパン・ド・ミを作ろうと思い、連載の『パンの世界』を見返して挑戦しました」
 バックナンバーを見ることが少なくなく、その度に料理の流れが大きく変わってきたことを実感するとのこと。最近はさまざまな食材が流通しているので、本誌を新しい食材の情報源にしているそうだ。





自身の料理のありようを考えるため、
同世代から若手まで偏ることなく見聞。

ボルドー オーナーシェフ

大溝隆夫氏(65歳)

 P.27にも登場いただいている大溝隆夫氏。本誌が創刊した1989年は独立してちょうど10年が過ぎた頃だった。
 『シェフ』は同年代の仲間の多くが登場しており、彼らの料理を見るために買い始めたとのこと。本を読んで勉強するというよりも、華やかなフランス料理をただ見ているだけで楽しく、他の料理書も片っ端から買い集めていたという。ただ、「バックナンバーをすべて揃えているのは、好きな車雑誌と『シェフ』だけ」だそうだ。
 根っからのフランス料理好きで、まかないはむろん、休日の食事もフレンチをはじめとする洋食が中心という大溝氏。今も若手から中堅、ベテランまで、幅広い層の料理人のレストランで食事をし、積極的に学んでいる。
「料理人それぞれに自分なりの哲学を持つのは当然のことですが、自分とは異なるスタイルの料理や考え方も敬遠せず、見聞きすることは大事。幅広く知ったうえで、自分だったらどうするかを常に考えています」





本誌をきっかけに作った
スモークサーモンが看板料理。

オリエンタル オーナーシェフ

森昌則氏(48歳)

 香川県東かがわ市に1971年創業したステーキレストラン。現在のオーナーシェフ、森昌則氏が二代目となる。地元のホテルで修業後、25歳で入店した。
「すべての料理のレシピが載っていたのが魅力で、『シェフ』を買い始めました。自分のやり方について迷いが出てきた時は、レシピを読んで確認していましたね。時代の流れを把握しておくためにもずっと買い続けています」
 メインはステーキだが、前菜はフレンチのメニューを提供。なかでも看板となっているのがスモークサーモンだ。本誌15号「一流シェフによる共演素材研究」を読んだのをきっかけに作り、定番としてコースに組み込むように。ア・ラ・カルトでもほとんどのお客が頼むという。今ではギフト用として販売も行っている。他にも71号「谷の料理」で見たソーセージ仕立てのテリーヌのコンフィなど、興味を持った料理に意欲的に挑戦し、取り入れている。